離婚の理由と原因 相手とその家族との人間関係。
子どもの有無 2人

結婚当初から相手の両親と同居

私が離婚をしたのは、子どもが二人、長女2歳(3歳目前)、長男1歳なったばかりの時でした。

お互い再婚同士で、相手には娘さんが1人いてお見合いの段階では親権が母親にあり離婚してからは一度も会っていないという話でした。

一抹の不安はありましたが、お互いに辛く苦い離婚を体験<していることもあるから同じ失敗はしないだろうと考えていました。

私は夫の両親と道京していましたが、近くに義妹家族が住んでいて、何かにつけて子どもを預けにくるのです。

さらには離婚した相手から再婚と同時に、電話が頻繁にかかってくるようになり、雑用で呼び出されることがも昼間、夜中関係なくありました。

あまりにも頻繁に呼び出されるため、私も結婚前に聞いていた話と違うし、さらには義妹家族のことも負担になることを夫に伝えたのです。

私の話をどのように義両親に伝えたのかわかりませんが、夫が仕事に出掛けた後、チクリチクリと毎日のように嫌味を言われるようになりました。

さらには離婚した元妻からの度重なる電話についても、「何が悪い?我々にとって同じ孫だ、君には関係ない」と言わたのです。

我慢の連続

田舎だったため年数回兄弟、親戚一同勢揃いしていましたが、嫁いだ義姉夫婦がこれまた常識から外れている人でした。

私が可哀相だと家族に話し合ってくれましたが、なぜか翌日から私に対して恨みツラミが始まったのです。まだ生まれたばかりの娘を抱えて涙をこらえる毎日でした。

それでも再婚という事もあり、同じ失敗は出来ない、したくないという気持ちが強く、二人目も考え生活していく事を決めました。

二人目が生まれて、1ヶ月検診時に重度のアトピーと言われ、1日数回のシャワー(6回位)病院、飲み薬、塗り薬、食事療法とスタートしました。子育てが忙しく日々追われていました。

あれが良い、これがよいと言われれば試せる事は試し、殆ど効果はありませんでしたが、ありとあらゆる事は試していました。

そのような中、更に追い討ちをかけるように、米アレルギーがあり、田舎で田畑がある環境の為、稲刈りの季節にアレルギーが酷くなり、私の実家に一時帰る事になりました。

離れて暮らしてわかること

私の実家近くの総合病院に、かかっていましたので安心でした。実家に戻って2週間位過ぎても、子ども達の父親からの電話、週末様子を見にくる事もなく、段々と私の不満もピークに達していきました。

見かねた私が電話をすると、病院も近くにあり、私の母もいる環境で何故自分が心配する事がある?と。

私の中で何かがプツリと切れ、今離婚かなと。子ども達には可哀相だけど、私の中での踏ん張りもすでに効かなくなり、これからの子育てに全力で進まなければ、と気持ちが変わりました。

調停は不成立

私から離婚を切り出すと相手はかなり驚き、自分の何が悪かったのかまるでわからない状況でした。

何度か離婚の協議を行なった結果、これからの事もあるから調停をして親権、養育費、財産分などきちんと書面で残さした方が良いという結論になり、離婚調停を申し立てることにしました。

しかしいざ離婚調停が始まると、夫は周りから何か言われたのかわかりませんが、離婚はしないしするつもりもないと言い出しました。

これでは話がまったく進まず、調停は不成立でおわってしまいまいました。

離婚調停に再チャレンジ

調停は一度不成立になると、同じ一人からは申し立てが出来ないと言われましたが、私の気持ちは変わりませんでしたので、再度離婚調停をすることにしました。

私からの調停申立はできないので、今度は相手から申し立てしてもらいました。

結局約半年位かかりましたが調停離婚が成立したのです。

私が望んだ通り親権は私が取得することになりました。結婚していた期間も短かったため財産分与は特になく、慰謝料もなしで決着しました。

調停員の方からも、相手が悪かったと言われ、これから一から子ども達とスタートしてくださいと、笑顔で送ってくれました。

子ども達は本当に小さい時でしたので、それなりに大変でしたが、なかなか進まない調停でしたが、やはり調停離婚のように書面で色々な条件を残せるのは、女性からして安心だと思います。