離婚の理由と原因 夫と義父母との確執。
子どもの有無 1人

離婚調停手続きは義父母が

元々、大反対の末の結婚。私が片親で育ったのが気に入らない義父母と子供が出来ても親離れ出来ない旦那。

確執は年々酷くなっていきましたが、将来娘が結婚した時に私のようにバカにされるのを恐れ離婚を我慢してました。

娘が中学に入る年に私の母親が倒れました。母はお金にだらしない人だったので、姑は息子に病人を押し付けられると騒ぎだしました。

私の親の病気をキッカケに人間関係の歯車が狂う…そんな感じで生活が一変してしまいました。

ある日私が仕事から帰ると、家から旦那の荷物がなくなってました。旦那から電話があり、義親が離婚調停の手続きをしたからとの事でした。

「親が離婚調停?」私の頭の中は真っ白になりました。

私が長年我慢してきた結果が、当事者ではなく義父母が調停の手続き?それを当たり前のように言う旦那にも腹が立ちました。

そして私の怒りは、義母へと向かいました。しかし娘は両方の祖母を嫌いましが、離婚はしないで欲しいと懇願していました。

いつかそのうち……ではなにも変わりません。

私が後悔しない離婚ができたのは簡単な一歩を踏み出したから。

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離婚調停始まる

離婚調停で夫は離婚を求め、私は娘のために離婚は回避したい。

しかし私は夫と一緒に住むことは考えられないので、離婚はしないが別居のまま養育費の請求を求めました。

まったく話に応じること気配すらありませんでした。そのため話は平行線です。私が離婚できない理由は、娘が泣いて離婚を反対するからでした。

まったく話がまとまる気配もなかったため、知らない第3者の調停員の方には家庭の事、私の事色々言われました。

もちろん、離婚調停だから旦那も同じように、私が話したことなどで調停の方に色々言われたとは思います。

私は毎回、調停が終わって家に帰るまで泣きながら運転して帰宅していました。私の本音として赤の他人に何故ここまで言われなきゃならないと悔し涙でした。

仕事も忙しく休みも取れなかった為に、何回か調停を延期して貰いました。調停員の心象は悪かったと思いますが、生活費の為にがむしゃらに働いていました。

全てが決定した日

平行線のまま離婚裁判になるのかと悩む毎日でした。そんな時に、私の母親の訃報。離婚調停中だからと通夜にも葬儀にも来ない旦那。

葬儀の後、ついに疲れて倒れた私に娘が離婚して良いよと辛い決断をしてくれました。

葬儀後、再開された調停で母親の訃報やら娘の決断やら話して離婚を受け入れると言いました。今まで、厳しかった調停員さん方が泣きながら苦労したねと優しく言ってくれました。

調停員さんの意見もあり、養育費は二十歳の誕生日まで月5万、慰謝料なしで旦那に申し立てましたが、慰謝料なしの18才の誕生日まで月3万と最後まで平行線。

おまけにドアが開いた瞬間にチラッと見えたのが姑の姿。調停まで母親同伴かと呆れて、もう話し合うのも疲れたので旦那の要求通りでと調停員に話し、決着しました。帰りは終わったんだと涙が止まりませんでした。

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長い話し合い

葬儀などもあり長い離婚調停になりましたが、養育費も受けとることができ、親権も取得することで決着しましたので、離婚裁判にならなくて良かったと思います。

今は、無料相談の弁護士さんを家裁で紹介しているようです。

私のように泣いたり、悩んだりせずに使える制度は使って新しい人生に踏み出すほうが、お互いの為にも子供の為にも良いと思います。